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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)8013号 判決 1990年2月23日

原告 マルエヌ株式会社

右代表者代表取締役 野口四郎

右訴訟代理人弁護士 木島繁雄

同 安藤一郎

被告 佐鳥スイッチ工業株式会社

右代表者代表取締役 佐鳥康郎

右訴訟代理人弁護士 永野謙丸

同 真山泰

同 小谷恒雄

同 保田雄太郎

同 竹田真一郎

同 大島やよい

同 根岸清一

同 川島英明

同 茶谷篤

主文

一  被告は、原告に対し、金一五三六万八六五七円及びこれに対する昭和五七年七月一一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者が求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、冷暖房給湯器具の製造及び販売等を目的とする会社であり、被告は、スイッチの製造及び販売等を目的とする会社である。

2  被告の債務不履行に基づく損害賠償請求

(一) 本件取引契約

(1) 原告は、昭和四三年七月ころから、一般住宅及び小規模建物用の暖房器具として、商品名を「マルエヌコンパックヒート」という石油式温水温風暖房機(以下「コンパックヒート」という。)を開発し、主に北海道、東北、関東、信越地方においてこれを販売してきた。

コンパックヒートは、自動的に燃焼が制御される石油ボイラーと、暖房される部屋に設置される「ファンベクター」と称するファン付きコンベクター(放熱器―以下単にファンベクター」という。)とがパイプによって連結されており、これにより温水がファンベクターに送られ、各部屋でファンベクターの電源及び風量調整スイッチで暖房を調整する仕組みになっているものである。

(2) 原告は、昭和四八年一〇月ころから、コンパックヒートのファンベクターに取り付けるスイッチとして、被告製造にかかるロータリースイッチを継続的に買い受ける旨の契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

(二) 火災、スイッチ焼損事故の発生

以下のとおり、原告が被告から納入を受けたロータリースイッチR一二四―二(以下この型のスイッチを「本件スイッチ」という。)を取り付けて販売したファンベクター(MV―七〇〇〇F)のスイッチからの出火により、四件の火災(いずれもボヤ程度のもの、以下「本件火災」という。)が発生した。右火災は、いずれもスイッチを切りファンベクターを使用していない状態で発生したものであった。

(1) 日時 昭和五六年一一月七日午前九時ころ

場所 札幌市南区北ノ沢一七一九番地 佐藤政喜方

本件スイッチの納入を受けた日

昭和五三年九月二九日

(2) 日時 昭和五七年一月一七日午前二時ころ

場所 旭川市末広一条三丁目蘭契保育所

本件スイッチの納入を受けた日

昭和五四年一一月五日

(3) 日時 昭和五七年一月二一日午前九時三〇分ころ

場所 江別市幸町二一―七 神田清方

本件スイッチの納入を受けた日

昭和五六年八月三一日

(4) 日時 昭和五七年二月一日午後八時三〇分ころ

場所 秋田県仙北郡中仙町豊川字水無四六―二 小松元一方

本件スイッチの納入を受けた日

昭和五六年八月三一日

そして、その他に右火災発生前にも本件スイッチの焼損事故が二件発生していたほか、火災発生後にスイッチの取替工事を行い本件スイッチを回収したところ、その中に約五〇個の焼損した物があった。

(三) 本件スイッチの構造及び機能

別紙第一図は本件スイッチを分解した構造斜視図であり、①、②はフェノール樹脂すなわちベークライト、③はポリアセタールでできており、その他の部品は全部金属でできている。

別紙第二図は本件スイッチとファンベクターのモーター(以下「モーター」という。)との電気配線図(回路図)であり、①、②、③、4が固定接点、が可動接点である。第二図のOFFの位置にあるBを矢印の方向に摺動させ、点線の位置にしたときには、固定接点の4と①は可動接点により電気的に接続され電気が流れる。同様にして、をさらに摺動させることにより4と②、ついで4と③が個々に電気的に接続されるようになっている。

電気回路は、第二図のように電源の一方が本件スイッチの端子Bに接続されて固定接点4につながり、の①、②、③はそれぞれ端子L、M、Hにつながってモーターの高速、中速、低速の線に接続され、モーターのO端子が電源の他の一方に接続されて回路を形成している。

可動接点が第二図の位置にあるときには、各接点は絶縁体で電気的に遮断されているので、電気回路は形成されず、モーターは回転しない。可動接点を摺動させ、固定接点①の位置(点線の位置)にしたとき、電気はB―4――①―Lを経てモーターの高速につながり、O端子に至りモーターは高速回転をする。可動接点を固定接点②の位置にしたときはB―4――②―Mを経て、③の位置にしたときにはB―4――③―Hを経て、それぞれモーターの中速、低速につながることになる。

そして本件スイッチにつけられた手動のつまみを回転させることにより可動接点を摺動させて、モーターの回転を任意に高速、中速、低速に変えることができるようになっている。

(四) 出火等の原因

右出火等の原因は、以下のとおり、出火場所のファンベクターに取り付けられていた本件スイッチの操作の際に発生したアーク放電により、絶縁物が炭化し、そのためにそこに電気が流れ込んで発熱し、燃え上がったことによるものであった。

別紙第三図は、本件スイッチの接点部の拡大図である。一般に、スイッチの通電中の回路をON(接)あるいはOFF(断)に作動する際、接点間にアーク放電現象(電気回路の一方の導電性物体と他方の導電性物体を接触させるか、あるいは、これを切り離す瞬間に生じる火花現象の一種、以下「アーク」という。)がみられるが、これを本件スイッチについて第三図でみると、固定接点からを切り離す際にF部分(固定接点と絶縁体との隙間)にアークがみられることになる。ところで、アークは三〇〇〇度から六〇〇〇度K(絶対温度)の高熱であり、本件スイッチのF部分付近の絶縁体Dであるフェノール樹脂は摂氏四〇〇度位から熱分解を始めるので、アークの高熱によってフェノール樹脂の炭化が始まることになり、炭化はその後スイッチ操作の度にその範囲を拡大していき、ついには絶縁体であるべきフェノール樹脂が電導体に変化してしまう。本件スイッチの可動接点は、OFFのときには絶縁体であるべきフェノール樹脂の上に乗っているが、こうして電導体に変化したフェノール樹脂の上に乗ることになり、OFFの状態であるにもかかわらず、可動接点と固定接点との間にフェノール樹脂を通じて電気が流れるようになる。そして、炭化したフェノール樹脂のように抵抗の高い物体に電気が流れれば、熱の量は電流の強さの二乗及び導体の抵抗の積に比例する(ジュールの法則)から、発熱により本件スイッチが焼損し、ついには本件火災の原因となったのである。

(五) 本件スイッチの欠陥

右のような、スイッチ操作により可動接点Bと固定接点Aを切り離す際に発生するアークの影響による絶縁体の炭化を避けるためには、F部分(固定接点と縁緑体との隙間)の間隔をある程度広くする必要がある。固定接点と絶縁体との間の間隔が狭ければ、当然アークの高熱による絶縁体の炭化を避けられないからである。ところが、本件スイッチはこの間隔が〇・一五ミリメートルしかなく、これでは不十分であり、少なくとも一・二ミリメートルから一・五ミリメートルの間隔をとることが必要であった。

(六) 被告の責任原因

原告は組立業者であり、被告はスイッチの専門メーカーであるので、原告は、スイッチに関する被告の技術とその製品の安全性を信頼して、本件スイッチを購入したものである。

ところが、以上のとおり、被告が本件スイッチの絶縁体にアークにより炭化しやすいフェノール樹脂を使用しながら、F部分の間隔をアークによる炭化を避けられない狭さにしたために、本件スイッチの焼損を生じ、さらには出火に至ったものである。したがって、本件スイッチは、スイッチが本来備えているべき品質を欠く欠陥品というべきところ、原被告間の取引においては、当然に右のような欠陥のないスイッチを給付することが契約の趣旨であるから、被告が本件スイッチを原告に交付しても契約の本旨に適合した履行があったとはいえず、被告はこのような不完全履行によって原告に発生した損害につき債務不履行による損害賠償責任を負うものというべきである。

(七) 原告の損害

(1) 原告は、本件火災が発生した際、原因究明にあたった所轄の江別消防署から、今後同様の原因による火災が発生する危険が大きいので、既に販売したコンパックヒートのファンベクターに取り付けられている同種のスイッチを至急欠陥のない製品と取り替えるよう勧告を受け、メーカーとしての責任上からもスイッチの取替工事を行わざるを得なくなり、昭和五七年一月から同年六月一五日までの間に、ユーザー二二四六件について取替工事をした結果、少なくとも一〇六四万四三〇〇円の工事費を支出したので、同額の損害を被った。

(2) 原告は、右の取替工事のための交換品運送費用として三万九七一〇円を支出したので、同額の損害を被った。

(3) 原告は、本件火災の被害者のうち(1)の佐藤政喜に対して損害賠償及びファンベクター交換品代として一六七万九四〇〇円、(3)の神田清に対して同趣旨で八五万円を支払い、(2)の蘭契保育所に対して見舞金及びファンベクター交換品代として一〇万九四〇〇円、(4)の小松元一に対して同趣旨で一二万九四〇〇円を支払ったので、同額の損害を被った。

(4) 原告は、本件火災等の事故発生原因を究明するために東京都工業技術センターに本件スイッチの試験を委嘱し、そのための費用として一〇万七一〇〇円を支払ったので、同額の損害を被った。

(5) 原告は、本件火災の事後処理等のために交通費及び宿泊費として一五八万九六二二円を支出したので、同額の損害を被った。

(6) 原告は、本件火災の事後処理の打ち合わせ等に雑費として二一万九七二五円を支出したので、同額の損害を被った。

3  スイッチ取替工事費負担の和解契約に基づく請求

(一) 本件スイッチについては、昭和五三年ころから事故の発生が目立つようになり、原告は、被告に対し、事故発生の都度その通知をして原因の調査と対策を求めてきたが、本件スイッチによる事故発生により原告に生ずる損害のうち被告が負担すべき範囲が問題となり、原、被告が協議し、互いに譲歩して円満解決を図った結果、原告は、昭和五六年七月二四日、被告との間において、以後被告の製造した本件スイッチにクレームがついて、原告がその取替工事を行った場合には、本件スイッチ製造についての被告の過失の有無にかかわらず、被告が原告に対してスイッチ取替工事費として一個につき三五〇〇円の割合による金員を負担することを合意(以下「本件合意」という。)した。

(二) 原告は、前記のとおり、江別消防署からスイッチを取り替えるよう勧告を受け、販売店等を通じ、少なくとも六八五三個のスイッチの取替工事を行った。

三 取替工事をした結果回収した本件スイッチには、すでに焼損しているものとそうでないものがあったが、現に焼損していなくても焼損の可能性があり、末端使用者における火災事故発生を予防するための措置として消防署から取替を命じられて取替工事を行ったのであるから、被告が取替工事費用を負担すべきことは本件合意の趣旨及び目的からいって当然である。

したがって、本件合意に基づいて被告が負担すべき金額は合計二三九八万五五〇〇円となる。

4  よって、原告は、被告に対し、債務不履行(不完全履行)による損害賠償請求権に基づき2(七)の(1)ないし(6)の損害合計額である一五三六万八六五七円、また本件合意に基づき被告が支払うべき3(三)の金員の内金である一五三六万八六五七円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五七年七月一一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)(1)の事実は認める。同2(一)(2)の事実のうち、原告と被告が直接本件スイッチの取引を行うようになった時期は昭和四九年八月であるが、そのころから原告と被告が継続的に本件スイッチの取引を行ってきた事実は認める。ただし、本件契約の法的性質は、原告の主張するような売買ではなく、後記4のとおり請負というべきである。

同2(二)の事実のうち、各本件スイッチの納入を受けた日時については知らない。その余の事実は認める。

同2(三)の事実は認める。

同2(四)の事実のうち、一般にスイッチの通電中の回路をON(接)あるいはOFF(断)に作動する際、接点間にアークがみられる点は認め、その余の事実は否認する。アークにより相当高熱が発生するにせよ、発生してから五〇分の一秒以内に消滅するのであるから、その照射を受けた絶縁体に熱は移らない。本件火災の原因は後記5のとおりである。

同2(五)は争う。固定接点と絶縁体の間隔を〇・一五ミリから一・二ミリないし一・五ミリの広さにしてみても、気中放電はそれまで照射していた絶縁体の部分に照射するのだから、気中放電による絶縁体の焼損は免れないはずである。

同2(六)のうち、本件スイッチが欠陥品であるとの点は否認し、被告の責任原因については争う。

同2(七)の事実はいずれも知らない。

3  同3(一)の事実を否認する。昭和五五年一一月に秋田県内において本件スイッチの焼損事故が二件発生した際、被告は原告からその原因を究明するよう要求されていたところ、昭和五六年七月上旬ころ、被告は、原告から、焼損したカーテンと絨毯については原告が被害者に補償をするから、ファンベクターのスイッチを新しいものに取り替える工事については被告において一か所当たり五〇〇〇円宛の費用を負担してもらいたいと要求された。そこで、被告としては、焼損事故の原因が不明のままで、その責任が被告にあるのかもどうか判らなかったが、原告の要求に従い、その二ヵ所のスイッチの取替工事の費用の負担分として、一台につき三五〇〇円で二台合計七〇〇〇円を支払うことを約したものである。右のとおり、秋田県内で発生した二か所のスイッチの取替工事の費用負担分として一台につき三五〇〇円宛の金員を支払うことを約したに過ぎず、その後にスイッチ焼損事故が発生した場合の被告の負担について約定したものではない。

同3(二)の事実は知らない。

同3(三)の主張は争う。

4  本件取引の法的性質

被告は、ニッシンエンジニアリング株式会社(以下「ニッシンエンジニアリング」という。)との間で原告がファンベクターの部品として使用するスイッチ製造の請負契約を締結していたところ、昭和四八年五月、右会社から、原告の使用するファンベクター専用のスイッチ製造の指示とともにスイッチに関する仕様書を交付され、右スイッチ製造についての設計仕様の基準となる承認図の原案と試作品の提出を要請された。そこで、被告は右会社に対し承認図の原案と試作品の提出をしたところ、原告は、被告が製造するスイッチをファンベクター専用のものとするために、スリーブに一五度の角度を設けるよう修正を加えたうえ、原案を承認した。以上の経緯で、被告と右会社との間で、昭和四八年七月、原告がその部品として使用するファンベクター専用のスイッチ製造についての請負契約が締結された。

ところが、昭和四九年八月、右会社が倒産したため、原告が右会社の被告に対する発注者としての地位を引き継ぎ、原被告間でファンベクター専用のスイッチ製造に関する請負契約を締結するに至った。

その後、昭和五三年七月、原告はスイッチの操作盤上の目盛りに正確にスイッチのつまみの角度を合わせるため、スリーブに突起を設けさせることで、被告製造のスイッチにファンベクター専用性を付加させたもので、これは原被告間の契約が請負契約であることの証左である。

5  本件スイッチ焼損事故の原因

本件ファンベクターには、内部に加湿網をつけた加湿器が設置されていて、常時室内に加湿された空気を送り込むようにしてあり、室内の空気は高温多湿の状態になっている。この水分を多く含んだ空気は、外部にスリーブや端子が剥出しにされ防湿の措置が講じられていないスイッチの内部機構に侵入し、絶縁体の表面に触れる。

そこで、ファンベクターの使用を中止すると、スイッチの内部機構にまで侵入していた水分を多く含んだ空気が冷却し、絶縁体の表面で結露する。このような現象が、ファンベクターの使用、中止を反復しているうちに繰り返され、スイッチ内部の絶縁体の表面が常時水で濡れた状態となる。

この場合、スイッチを切ることで固定接点から絶縁体の上まできて静止していた可動接点の電流は、絶縁体の表面を濡らしている水分を伝い固定接点の方へ流れていく。その電流のジュール熱によって水分が蒸発し、液脈の導電路が分断され、その際、微小発光放電を発し、その熱のため絶縁体の表面に局部的に炭化生成物を生じる。

炭化生成物は導電率が大きいのでそこに電界が集中しさらにその周辺に炭化物を生じ、ついに絶縁体が絶縁体としての機能を果たさなくなる。

このようにして、本件スイッチの焼損事故が発生したのである。

三  被告の主張に対する原告の反論

1  本件取引の法的性質の点に対して

原告とニッシンエンジニアリングとの間の契約は売買で、この売買の目的となるスイッチは被告製造の規格品のスイッチのスリーブに一五度の角度を設けたものであり、右会社は、右のようなスイッチを原告へ交付する義務があったところ、この供給元を被告に求めたのである。したがって、スリーブに一五度の角度を設けるという修正の要求は原告が被告に対してではなく、右会社に対してなしたもので、この修正以外原告はなにも注文をつけていない。なお、被告のいう昭和五三年七月の変更は、被告がスリーブの素材を変更したため、ファンベクターに取り付けるためのスリーブのねじ部分が弱くなり、ナットをつよく絞められなくなったためで、右変更の原因は被告にある。

前記のとおり、原告と右会社との間の契約の法的性格は売買であり、右会社の倒産により原告が右会社の被告に対する注文者の地位を法律上当然に引継ぐとは考えられない。原告が必要とするスイッチの種類、型は既に右会社との間で定まっており、右会社が倒産したからといって改めて原告が被告に対しスイッチの製造を請け負わせる必要はなく、右会社から買い取っていたスイッチを被告から直接買うことにすればこと足りたのである。

また、本件スイッチは、大量に生産される代替物で、各個のスイッチに個性が認められるものではなく、不完全なものは交換を要求できるものである。

2  本件スイッチ焼損事故の原因の点に対して

被告が主張するようにスイッチに結露が生じるためには、スイッチの温度は室温よりかなり低い温度になっていなければならない。しかし、ファンベクターの使用を中止して室内の空気が冷却しても、スイッチは、室内の空気によって冷却されるのであるから、室温より冷却されるということはない。また、ファンベクターは内部に設置されている配管内に温水を流して暖房する構造になっているので、ファンベクターの使用を中止しても、配管の近接するスイッチは配管内の温水によって温められ、室温より高い状態に保たれているから、スイッチの表面温度のほうが室温より低くなるということはない。したがって、スイッチに結露が生じるということはない。

また、仮に結露が生じ絶縁体の表面に水分が付着し、これが薄膜状を呈して接点間を濡らし、その結果、電流がその水分を伝って流れ水分が電気抵抗によって発熱したとしても、水分が蒸発してしまうまでは絶縁体等は水で濡れている状態であり炭化するということはあり得ない。

また、通電により水分が蒸発してしまえばもはや通電のための媒体がなくなるのであるから、接点間に電気が流れるということはなく、したがって、炭化現象は生じない。

四  抗弁

1  (請求原因2に対して)

(一) 検査通知義務懈怠

原告が本件売買契約に基づいて被告から本件スイッチの納入を受けた後、相当期間が経過し、したがって、本件スイッチに瑕疵がありこれにより原告に損害が生じたとしても、商法五二六条一項により、原告は被告に対し、損害賠償請求をすることはできない。

(二) 原告の指図による瑕疵

本件スイッチの製造は、原告の承認した承認図の設計仕様と、その見本によって示された具体的基準に基づきなされたものである。したがって、本件スイッチの欠陥は、本件スイッチの製造請負契約の注文者である原告の指図により生じたものである。

2  (請求原因3に対して)

(一) 錯誤による無効

本件スイッチの焼損事故の原因は、湿気による絶縁体のトラッキング劣化に基づくもので、本件スイッチには何らの瑕疵はなかった。ところが、本件合意成立時において、本件スイッチ焼損事故の原因は不明であり、被告にその責任があるのかどうかが判然としていなかったため、被告は原告との間で本件合意を成立させた。したがって、本件スイッチに瑕疵がないことがわかっていれば、被告は原告に対し本件合意を成立させる意思表示をすることはなかったから、被告の意思表示には法律行為の要素に錯誤があり、無効である。

(二) 事情変更による解除

(1) 本件スイッチに瑕疵がないことが明らかになった以上、本件スイッチに瑕疵があるという前提でされた本件合意の効力を維持することは、かえって法の正義に反するものとなり、本件スイッチ焼損事故の原因が究明されたという事情の変更により、被告に本件合意の解除権が発生したものというべきである。

(2) 被告は、平成元年四月二八日の本件口頭弁論期日において本件合意を解除する旨の意思表示を示した。

五  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)の事実のうち原告が本件スイッチの納入を受けてから相当期間が経過したとの点は認め、その主張は争う。

2  同1(二)の事実は否認する。本件スイッチは、被告が既に開発していた製品に、原告のファンベクターに合うようにスリーブの角度を変更し、また、突起を設置して一部手直しをしたものにすぎず、その余の形状、材質等については一切注文をつけていない。

3  同2(一)の事実のうち、本件スイッチの焼損事故の原因は湿気による絶縁体のトラッキング劣化に基づくもので本件スイッチには何らの瑕疵はなかったとの点を否認する。したがって、被告の意思表示には何ら錯誤は存しない。

4  同2(一)(1)の事実のうち、本件スイッチに瑕疵がないことが明らかになったとの点は否認し、事情変更により被告に解除権が発生したとの主張は争う。

六  再抗弁

1  (抗弁1(一)に対して)

(一) 被告製造の本件スイッチとは別型のR一二四―一Aのスイッチについて、昭和五三年一月ころ欠陥が発見されたので、被告は原告に対し、同年二月二一日、昭和五五年二月及び昭和五六年一月六日に事故についての対策を講じる旨の書面を提出し、さらに、本件スイッチについて、昭和五六年四月ころ欠陥が発見されたところ、被告は原告に対し、昭和五六年六月一日事故についての対策を講じる旨の書面を提出し、加えて、同年七月二四日、被告は原告に対し工事費の負担や損失補償を約した。したがって、原告と被告の間で、昭和五三年二月ころ、本件スイッチの取引に関して、商法五二六条一項の適用を排除する旨の黙示の合意が成立した。

(二) 原告と被告は、昭和五六年七月二四日、今後被告製造のスイッチにより火災が発生した場合、被告は損害の填補に応ずる旨を合意し、したがって、同日、本件スイッチの取引に関して、商法五二六条一項の適用を排除する旨の合意が成立した。

2  (抗弁2(一)に対して)

被告には、錯誤に陥ったことについて重大な過失がある。

七  再抗弁に対する認否

再抗弁事実はすべて否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1、同2(一)(1)、同2(三)の事実は当事者間に争いがなく、同2(一)(2)の事実は原告と被告が直接本件スイッチの取引を行うようになった日時の点を除き、同2(二)の事実は本件スイッチの納入を受けた日時の点を除いて、いずれも当事者間に争いがない。

二  本件火災の原因について

1  右当事者間に争いのない事実に、《証拠省略》を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  被告は、昭和五三年五月ころ、被告から原告に供給されていた本件スイッチのスリーブとフレームの素材を、黄銅からポリアセタール樹脂に変更した(変更前のスイッチの製品名がR一二四―一A、変更後のスイッチの製品名がR一二四―二で、本件火災発生の際、ファンベクターに取り付けられていた本件スイッチは後者である)。

(二)  被告は、次のとおり、原告へ納入したスイッチあるいはその付属物に生じた焼損事故について事故対策書を提出した。

(1) 日時 昭和五三年一二月五日

スイッチの種類 R一二四―一A

事故の態様 H端子の箇所でケースが燃焼し、端子と固定接点が加締められたままの状態で取れた。

(2) 日時 昭和五五年二月八日

スイッチの種類 R一二四―一A

事故の態様 スイッチケース内部で固定接点間(L端子とH端子の間)で焼損した跡があり、端子周囲のケース面の焼損及び付属コードの被膜が焼損した。

(3) 日時 昭和五六年一月六日

スイッチの種類 R一二四―一A

事故の態様 L端子の焼損とH端子の焼損の二件

(4) 日時 昭和五六年五月一五日

スイッチの種類 R一二四―2

事故の態様 形状を止めない程度にスイッチ全体が焼損した。

(三)  本件火災については、いずれもスイッチを切った状態のファンベクターのスイッチ部分が発火地点である(この事実は当事者間に争いがない)。

(四)  江別消防署予防課指導調査係は、本件火災のうち神田方の火災の原因について、神田方では火災発生前に本件ファンベクターについてスイッチを切った後もファンが作動していることがあったこと及びスイッチの焼損状態から、スイッチの切り入れ時に発生するスパークにより絶縁体であるベークライトが徐々に炭化したことにより導体化して通電状態となり、両極となる金属部分が局部的に過熱出火したものと判断した。

また、昭和五七年一月九日午前九時ころ江別市元野幌三八三番地六四号所在の桂田敬蔵方で本件ファンベクターのスイッチ部分から発火した火災の発生原因について、同じく江別消防署予防課指導調査係は、桂田方ではファンベクターのスイッチを切ってもファンが作動している状態で発火したこと、焼け残りのスイッチを見分けた結果接点の中間点にベークライトの亀裂及びベークライトが炭化した形跡がみられたことから、スイッチを切る際に発生するスパークがベークライトに当たり徐々にベークライトを炭化させその熱で亀裂が生じるとともに、ベークライトの炭化によりベークライトが導体化してスイッチを切っても通電状態となり、電極が局部過熱によって出火したものと判断した。

(五)  本件火災の後、江別消防署の勧告に従い、原告が本件ファンベクターに取り付けてある本件スイッチと同種のスイッチの取替工事を実施したところ、回収したスイッチのなかでスイッチを解体して内部の焼損を確認したものについては固定接点及びその付近のケースが焼損していた。

2  以上の事実を前提として本件火災の原因について検討する。

(一)  まず、《証拠省略》によれば次の事実を認めることができる。

(1) トラッキング破壊とは、電界の加わっている絶縁物の表面に炭化生成物による導電路(トラック)ができて表面絶縁破壊することである。

(2) トラッキングを引き起こす原因となるものは、間接的には絶縁物表面の湿気や汚染である。絶縁物表面が汚染していたり湿気のある状態で電圧が加わると絶縁物表面には沿面電流が流れ、その電流のジュール熱によって水分が蒸発し、液脈の導電路が分断され、この際、微小発光放電(これをシンチレーションという。)を発し、その熱のために絶縁物表面には局部的に炭化生成物を生ずる。炭化生成物は導電率が大きいのでそこに電界が集中し、さらにその周辺に炭化物を生じ、これが導電路となって電極間に伸びてゆき、ついには短絡して破壊に至る。

以上のように湿った状態でのトラッキングをクリベージトラッキングという。

(3) 以上のほかに、開閉器、遮断機の消弧室あるいはヒューズの保護筒のように、アークやスパークが比較的限定された箇所に発生し、絶縁物表面がはじめから乾いた状態で形成されるトラッキングがあり、これをアークトラッキングという。

(二)  そこで、これを前二1項で認定した事実に照らし合わせて見ると、本件火災がいずれもスイッチが切りの状態で発生していること、また、桂田敬蔵方ではスイッチを切りの状態にしているのにファンが停止しない状態で、スイッチ部分から発火していること、本件火災以前に被告から原告に提出された事故対策書では、スイッチの固定接点に接着している端子及びその周辺部分の焼損が問題になっていること、本件火災発生後に回収したスイッチについてもスイッチの固定接点及びその周辺部分が焼損していることからして、本件火災の原因は本件スイッチに関して2(一)(1)に認定したいわば広い意味でのトラッキング破壊に基づくものであるといえる。

(三)  ところで、この広義のトラッキング破壊の原因について、原告は前述のアークトラッキングが原因であると主張し、被告はクリベージトラッキングが原因で、絶縁体の表面が湿った状態になる原因については、加湿器を使用して暖まった高温多湿の部屋の室気が、本件ファンベクターの使用を中止することで冷却し、本件スイッチの絶縁体の表面で結露することによると主張する。

右以外に本件スイッチに広義のトラッキングを生じることを窺わせる証拠は存しない。

3  そこで、本件火災の原因が原告の主張するようにアークトラッキングによるものであったのか否かを検討する。

(一)  《証拠省略》を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

(1) アークとは気体放電が最も進展した電極材料の一部が蒸発して気体になった状態をいい、電極付近の電流密度が大きく陰極は陽イオン衝撃によって熱電子放出されて高い電流密度が維持されており、温度は三〇〇〇ないし六〇〇〇度Kに達する。

(2) 本件スイッチのケースの一部に絶縁体として用いられているフェノール樹脂(この事実は当事者間に争いがない。)すなわちベークライトは、四〇〇度K付近から熱分解を始めて炭素にとんだ物質すなわち無定形炭素となり、この反応を炭化という。

(3) ベークライトは、アークや火花のような高温にさらされると表面が炭化して著しく絶縁が害される性質があり、アークや火花に触れる危険がある部分には使うべきではないとされている。

(4) 本件スイッチ一〇個について、スイッチの可動接点をOFF―ON(L)―ON(M)―ON(H)―ON(M)―ON(L)―OFFと移動させることを一回として(別紙第五図参照)、毎分一九回から二〇回の速度で一万回の開閉試験を実施したところ、一〇個のスイッチケースについて焼損は認められなかったが、接点間にアークの発生が認められた。また、別紙第六図のように固定接点Bの周囲のグリースは黒色となり、固定接点LとHの間のフェノール樹脂に一部アークの熱による溶融部分が見られ、また、固定接点Lの一部は黒化し、さらに周囲に溶融した痕跡が認められた。そして、固定接点の溶融及び接点近傍に劣化が認められるということは、接点の開閉時に固定接点と可動接点間で放電が発生していることを示している。

(二)  以上の事実を前記二1項で認定した事実に照らしてみると、鑑定による開閉試験によって生じたスイッチの溶融などした部分と江別消防署の勧告により回収したスイッチの焼損部分がともに固定接点及びその周辺部分であるという点で類似していること、また、本件四件の火災発生前の事故についてもスイッチの固定接点あるいは接点近傍が焼損しており、特にL端子、H端子及び右両端子の間の部分が焼損しているものもあり、この点で鑑定による開閉試験によって生じたスイッチの溶融などした部分と類似していること、このように固定接点の溶融及び接点近傍に劣化痕跡が認められるということは、接点の開閉時に固定接点と可動接点間で放電が発生していることを示していること、さらに、火災の発生原因の調査について経験を有するものと推認される江別消防署予防課指導調査係の消防所員が火災発生の現場を見分して、スイッチの切り入れ時に発生するスパークによりベークライトが炭化したものとする見解を表明していることを考え合わせると、本件火災の原因がアークによる可能性は相当高いものということができる。

確かに、鑑定の結果によっても、固定接点及び接点近傍に劣化痕跡が認められるにとどまり、スイッチケースが焼損するに至ってはいないが、接点間で放電が発生することは否定しがたいのであるから、これによりケースが焼損する可能性がないとまではいえない。

これに対し、《証拠省略》によれば、鑑定の場合と同様毎分二〇回の速度で同様の手順でスイッチの可動接点を移動させ、一万回の開閉試験を行った結果、いずれも耐電圧、絶縁耐圧について異常なしという結果となっていることが認められる。

しかし、《証拠省略》の開閉試験の場合には電源は一二五ボルト、三アンペアの抵抗負荷を接続して開閉試験を行なっているのに対し、鑑定の結果によれば、電源は一〇〇ボルト、一アンペアの抵抗負荷を接続して開閉試験を行なっていることが認められる。

したがって、いずれの開閉試験も鑑定の際行われた開閉試験と前提条件を異にし、《証拠省略》は前記認定を左右するものとはいえない。

(三)  また、《証拠省略》によれば、以下の事実を認めることができる。

(1) 本件スイッチの別紙第三図のF部分(固定接点と絶縁体との間隙)の距離は約〇・一五ミリメートルであるのに対し、本件スイッチと同じフェノール樹脂を絶縁体に使用した他メーカーのスイッチの固定接点と絶縁体の間隙の距離は約一・二ないし一・五ミリメートルである。

(2) 右他メーカーのスイッチによる焼損事故の報告はされていない。

(3) 本件火災後、本件スイッチについてフェノール樹脂部分を難燃性のものに変更した後も、焼損事故が発生している。

以上の事実によれば、固定接点と絶縁体との間隙を少なくとも約一・二ないし一・五ミリメートルの距離においていれば、アークにより絶縁体の炭化は避けられたことが推認される。

(四)  これに対し、

(1) 被告は、固定接点と絶縁体との間隙を一・二ないし一・五ミリメートルの距離をおいたとしても、アークによる気中放電は、いままで火花が照射していた絶縁体の部分を照射することに変わりはないのであるから、アークによる絶縁体の炭化を防止することはできないと主張する。しかし、アークにより周囲の物質を焼け焦がすなど、変質を生じさせる程度の熱を照射する範囲、すなわち、アークが達するおそれのある距離に限界が存在することは容易に推認され、したがってアークの発生する固定接点と絶縁体の間に距離をおいて空間を作るなどの処置を講ずればアークによる周囲の物質の炭化、ひいてはアークによるトラッキングを防止することが可能であると解することができる。したがって、被告の右主張は理由がない。

(2) また、被告はアークにより相当高熱が発するにせよ、発生してから五〇分の一秒以内に消滅するのであるから、その照射を受けた絶縁体に熱は移らないと主張する。しかし、鑑定の結果によれば、オシロスコープによる波形観測により放電の持続時間は概ね一ms以下と非常に短いようであるとされながら、前記認定のとおりスイッチの開閉時に発生するアークによって、グリス、スイッチケースの樹脂部分の劣化、固定接点が溶融していることが認められている。したがって、被告の右主張は理由がない。

4  次に、被告が主張するように絶縁体の表面に結露が生じ、これが原因となってクリベージトラッキングが生じるのか否か検討する。

(一)  《証拠省略》によれば以下の事実を認めることができる。

(1) 結露とは、空気中で物体を冷却すると、物体の表面に露が付着することをいう。湿った空気は温度が低いほど飽和水蒸気圧が低い、すなわち、飽和状態で含み得る水蒸気量が少ないので、冬期の暖房室の外壁またはガラス窓の表面に結露が生じるのは、ある相対湿度の室内空気が外壁等の近辺で冷却されて飽和状態となり、更に冷やされたためである。また、ある物体の表面で結露を生じるのは、内表面温度が室内空気の露点温度を下まわった場合で、室内空気の露点温度は室内空気の温度とその湿度により決まり、室内温度が低いほど、また、湿度が高いほど結露を生じるまでに冷却すべき気温差は小さくなる。

(2) 鑑定の結果は次のとおり述べている。

① 本件スイッチ一〇個について、電源を接続し、接点はOFFの状態で、可動接点と固定接点(L)の中間に毎回〇・〇三立方センチメートルの水道水を九〇秒間隔で五〇〇回注水試験を行ったところ、スイッチケースの焼損、注水にともなうアークの発生はいずれも認められず、固定接点間及び固定接点と可動接点間のフェノール樹脂には変色、劣化は認められなかった。

② 本件スイッチはスイッチケース内部に空間を有している構造のため、昼夜の温度差によってスイッチ内部に存在する水蒸気が過飽和状態となった場合に、結露を生じる可能性があることは否定できず、したがって、本件スイッチについて結露などによる湿気がトランッキング劣化を促進させる原因となりうる可能性を総て否定することはできないが、結露を生じる具体的な条件、結露した水滴の量、その水質などに関しては不明である。

③ さらに、鑑定の際用いられた本件スイッチの固定接点部分にはグリスが塗布されており、このグリスが良好な撥水性を保持している状態下では、仮に結露が生じてもグリスの有する撥水性によって接点間に水滴が入り込む可能性は少ないことが予想され、結露がトラッキング劣化の原因となる場合、グリスの状態が影響を及ぼすことが考えられるが、グリス存在下での結露とトラッキング劣化の因果関係について検討した報告は認められず、結露と焼損の間になんらかの因果関係が存在すると断定することは困難である。

(3) 本件火災当時、前記神田方の調査をした江別消防署予防課指導調査係は、出火したファンベクターと同機種に使用されている本件スイッチを分解したところ、潤滑油が接点に流れ出てベークライトも潤滑油で汚れていたと指摘している。

(二)  以上の事実を本件の場合にあてはめてみると、スイッチに結露が生じる抽象的な可能性は認められるとしても、はたしてスイッチが日常使用されている際の状況が、右鑑定における以上に通電を生じるような結露を発生させやすいものであったのか否かの具体的条件については不明であり、さらに、本件火災当時使用されていた本件スイッチにもグリスが塗布されていたものと推認できるので、グリスの有する撥水性より水滴が接点間に入り込む可能性は低いというべきである。

したがって、本件火災当時のスイッチが日常使用されている際の使用状況で結露が発生しこれによりトラッキングが発生したとの可能性は極めて低いと考えられる。

これに対し、《証拠省略》によれば、犬塚幸彦他一名の行なった本件スイッチの接点部に対する注水試験で、数個のスイッチの樹脂部が赤熱したことが認められるが、右注水試験ではスイッチのシャフトを上に向けていわば水の溜まりやすい状況を前提としていることから、前記鑑定における注水試験とは方法を異にし、前記認定を左右するものとはいえない。また、《証拠省略》によれば、温度四〇プラスマイナス二度で相対湿度八〇ないし九八パーセントのデシケータ中での開閉試験を行なった結果、最低で三二五回の開閉でリーク継続状態となったことが認められるが、極めて特異な状況を前提としたもので、前記認定を左右するものとはいえない。

5  以上のように本件火災の原因としては、本件スイッチの表面に結露が生じることによるクリベージトラッキングに基づくという可能性をまったく否定することはできないものの、その可能性は極めて低いものと言わざるをえず、他方、固定接点と可動接点間のアークによるトラッキングによる可能性が相当高い以上、本件火災の原因は固定接点と可動接点間のアークに基づくトラッキングによるものと認めるのが相当である。

三  本件取引の性質について

本件取引の性質について原告は売買契約であると主張し、被告は請負契約であると主張するので、この点について検討する。

1  《証拠省略》によれば以下の事実を認めることができる。

(一)  原告は、昭和四七年ころ訴外山口電気から既製品である標準品スイッチを購入して本件ファンベクターに取り付けており、また、原告は、被告が訴外日本制御機械株式会社(以下「日本制御機械」という。)に納入していたトランス、ボイラー用のスイッチを日本制御機械から購入していたところ、日本制御機械が昭和四八年一月ころ倒産した。そのころ、原告は、従前山口電気から購入していた本件ファンベクター取り付けのためのスイッチをニッシンエンジニアリングから購入することとし、昭和四八年二月ころ購入対象となるスイッチの例として、従前山口電気から購入していたスイッチの仕様図面(以下(本件スイッチ仕様図面」という。)をニッシンエンジニアリングに交付した。

(二)  ニッシンエンジニアリングは、被告に対し、昭和四八年五月二八日、ニッシンエンジニアリングのスイッチ納入先である原告のファンベクター用及びカークーラー用のロータリースイッチの製作を申し込み、その際、ニッシンエンジニアリングから被告に製作を依頼するスイッチは、ニッシンエンジニアリングのスイッチ納入先である原告の承認図に基づくものにしたいので、スイッチ設計仕様を原告の承認図の指示に従ったものとするため、ニッシンエンジニアリングが原告から交付を受けていた本件スイッチ仕様図面に基づいて、被告から承認図の原案及び試作品を原告に提出してほしいとの申し入れがあったところ、被告はこれを了承し、昭和四八年五月三〇日、被告は、原告に対し、承認図の原案及び試作品を提供した。

(三)  原告は、被告の提出した試作品をファンベクターに取り付けたところ、スイッチのつまみの位置と文字盤の位置が合わなかったため、スリーブについて一五度の角度をつけるような変更を指示し、被告はこれに従って承認図の原案を修正して試作品を提供したところ、原告は、昭和四八年六月一日、承認図に承認印を押印した。

(四)  本件スイッチは仕様図面を専門家がみれば、シャフトの切替用の角度の点からスリーブに一五度の角度を設ける必要があるということが理解可能である。また、本件スイッチ仕様図面におけるスイッチの型は丸型であるのに、原告が被告に提出した承認図におけるスイッチの型は角型であり、スイッチの外部寸法も本件スイッチ仕様図面と承認図では異なっており、本件スイッチ仕様図面及び承認図のいずれにも、スイッチにはC端子が存しているが、ファンベクター用にはC端子は不要である。

(五)  昭和四八年八月ころニッシンエンジニアリングが倒産したため、そのころから原告と被告はスイッチに関して直接取引を開始した。

(六)  その後、スリーブとシャフトの角度の誤差を少なくして、スイッチのつまみとファンベクターのパネル上の風量の強弱を示す位置を正確に合わせるため、スリーブの素材を黄銅棒からポリアセタール樹脂に変更し、スリーブとフレームを一体とすることを原被告間で合意し、昭和五三年五月二二日に原告は被告の作成した承認図に承認印を押印した。

(七)  その後、スイッチのつまみとファンベクターのパネル上の風量の強弱を示す位置を正確に合わせるため、また、スイッチをファンベクターの操作盤に取り付ける際、ナットを用いてネジで取り付けるにあたり、ナットを締めたときにスイッチが一緒に回転するのを止めるため、スイッチのフレームに突起を設けることを原被告間で合意し、昭和五三年七月一七日、原告は被告の作成した承認図に承認印を押印した。

2  以上の事実を前提に本件取引契約の法律的性格を検討する。

ニッシンエンジニアリングと原告との契約は売買契約と解されるが、被告とニッシンエンジニアリングとの契約の性格をどのように解すべきか検討する。

まず、スイッチ仕様図面に記載されているシャフト切替用の角度の点また原告は本件スイッチ仕様図面に基づくスイッチをファンベクターに取り付けていたことを考え合わせると、本件スイッチ仕様図面どおりに被告が承認図を作成していたら被告は原告からスリーブの角度について修正を指示されるということはなかったと考えられる。また、ニッシンエンジニアリングが被告に交付した本件スイッチ仕様図面と被告が昭和四八年五月三〇日に原告に提出した承認図は、スイッチの型が丸型から角型に変わっており、スイッチの外部の寸法なども多少異なっている。さらに、ニッシンエンジニアリングからの依頼のわずか二日後に被告は原告に対し承認図の原案というべきものと試作品を提供している。加えて、ファンベクター用のスイッチとしてはC端子は不要である。これらを総合考慮すれば、被告の作成した承認図及びこれに基づく試作品は、少なくとも本件ファンベクター専用のためのものではなく、原告から交付された本件スイッチ仕様図面に最も近似した被告の有する既製品あるいは既製品に簡単な修正を加えたものであったことが推認される。したがって、原告は、本件ファンベクターのスイッチとして機能する種類、品質を有するものであれば、スイッチの外形如何、部品の寸法の多少の差異、端子の数などについてはさして重要なものとは考えていなかったと解するのが相当で、その取引の客体は、スイッチの個性によって定まるのではなく、スイッチの種類、品質、数量によって定められたというべく、代替物としての性格を有していたとみるべきである。

また、原告が被告に対し、スイッチのスリーブについての角度の修正を指示しているが、これも一日で試作品を作成し原告から承認図に押印を受けていることからすれば、ごく簡単にできる修正であったといえ、また、前記認定のとおり山口電気はスリーブについて一五度の角度のついたスイッチを標準品として販売していたことを考え合わせると、なお同様に、取引の客体としてのスイッチは代替物としての性格を有していたとみるべきである。

以上よりすれば、被告とニッシンエンジニアリングとの間の契約は、契約当事者の一方が、もっぱら、または主として自己の供する材料により、契約の相手方の注文する物を製作し供給する契約すなわち製作物供給契約であると解されるが、被告がニッシンエンジニアリングに供給することとなった取引の対象たるスイッチは、その種類、品質、数量によって定められ、同種、同等、同量の物をもって置き換えられるという代替物としての性質を有しているものと解され、したがって、被告とニッシンエンジニアリングの契約は基本的には売買の性格を有する製作物供給契約とみるべきである。

なお、ニッシンエンジニアリングは、原告から交付された本件スイッチ仕様図面を被告に交付し、被告から原告に対し承認図の原案及び試作品の提供をさせているが、これは、ニッシンエンジニアリングが買主たる原告の注文品の供給元を被告に求め、かつ、被告に製作させることとしたため、ニッシンエンジニアリングが、原告の注文どおりの製品をニッシンエンジニアリングから原告へ売り渡すための履行補助者として、被告を利用したものというべきである。

さらに、ニッシンエンジニアリングが倒産したのち、原被告間で直接取引が開始された後の本件契約の性格であるが、被告は、あくまでもニッシンエンジニアリングに対しスイッチ製作の義務を負っていたのであり、ニッシンエンジニアリングの倒産により、原告と直接取引を開始したからといって、直ちに被告が原告に対しスイッチ製作の義務を負うに至ったとまではいえない。しかしながら、被告がニッシンエンジニアリングに対して供給していたスイッチを原告に供給するという関係がある程度継続した時点においては、原被告間においては、製作物供給契約における当事者と同様の法律的状態を有するに至ったと評価でき、右契約は前記認定のとおり代替物の製作を目的としたものであるので、その性格は基本的には売買であったというべきである。

その後、被告は、スイッチについてのスリーブの素材の変更、スリーブに突起を設けるという修正を行っているが、これらの修正はいずれも、前記認定のとおり、スイッチのつまみとファンベクターのパネル上の風量の強弱を示す位置を正確にあわせるなどの目的でなされたもので、この目的に適合するだけの品質を有するスイッチであれば、原告としてはスリーブの素材がどのようなものであろうが、スリーブに突起があろうがなかろうが、いっこうに差し支えがなかったものと考えられ、原被告間の取引においては、その客体は、スイッチの種類、品質すなわち性能、数量によって定められたものというべきである。したがって、被告により右の修正がなされてもなお本件スイッチは代替物としての性格を失うものではなく、本件契約は基本的には売買の性格を有する製作物供給契約というべきである。

四  被告の責任原因

以上のとおり、被告が本件スイッチの絶縁体にアークにより炭化しやすいフェノール樹脂(べークライト)を使用しながら、固定接点と絶縁体の間隔をアークによる炭化を避けられない狭さにしたため、本件スイッチの焼損を生じ、さらには本件火災に至ったものというべきである。したがって、被告は原告に対し契約の本旨に適合した履行をしたとはいえず、被告はこのような不完全履行によって原告に発生した損害につき債務不履行による損害賠償責任を負うものというべきである。

五  原告の損害

《証拠省略》によれば、原告は、本件火災のうち神田方火災発生の後、江別消防署から火災の原因が本件ファンベクターに取り付けられた本件スイッチにあると指摘され、今後の火災発生の危険除去の観点からスイッチの取替えを指示されたこと、原告は、右指示に従ってスイッチの取替えを行い、また、本件火災の原因を究明するために東京都工業技術センターに本件スイッチの試験を委嘱した結果、請求原因2(七)記載の各金員の支払いをして同額の損害を被ったことを認めることができる。

そして、前記認定のとおりの被告の債務不履行と原告の被った損害の間にはいずれも因果関係が存するというべきである。

以上より請求原因1及び2の事実が認められる。

六  抗弁1(一)について

1  抗弁1(一)の事実は原告が本件スイッチの納入を受けてから相当期間を経過したことは当事者間に争いがない。

七  再抗弁について

1  そこで再抗弁1(一)について検討する。

(一)  《証拠省略》によれば以下の事実が認められる。

(1) 前二1(二)項で認定した他、被告は、次のとおり原告へ納入したスイッチの故障に対する対策について事故対策書を提出し、いずれの対策書についてもスイッチの故障について原因を究明するなど対策を講じ、代替品を提供する旨を明らかにしており、原告の検査義務懈怠を問題としていない。

① 日時 昭和五三年二月二一日

スイッチの種類 R一二四―一A

故障の態様 加締不良

② 日時 昭和五六年六月一日

スイッチの種類 R一二四―二

故障の態様 形状を止めない程度にスイッチ全体が焼損した。

(2) 前項認定のとおり、被告が納入した本件スイッチの故障による事故が重なり、被告はその都度事故対策書を原告に提出するものの、事故の原因が究明されず、原告の負担でファンベクター使用者に対するスイッチの取替工事などを行っていたことから、原告は被告に対し、右費用について一部負担をして欲しいという要望を出したところ、被告からスイッチの取替費用の負担について約する文書が提出されたが、原告は、被告との間でスイッチの焼損に止まらず火災が家屋の内装品等に燃え広がった場合についての費用負担についても合意をしておきたい意向を、被告に示した。

(3) そこで、被告は原告に対し、昭和五六年七月二四日、「このたびは大変なるご迷惑をおかけ致しましたことに深くお詫び申し上げます。クレーム発生に対してスイッチ一台につき取替工事費金額三五〇〇円を支払う約束致します。また万一発火による建造物内装品等焼損が起こった場合の補償については話し合いで処置する。」旨の文書を提出して、原被告間で右内容の合意(以下「本件合意」という。)がなされた。

(4) なお、本件合意がなされる前に発生した秋田での本件スイッチからの火災(以下「秋田事故」という。)については、原告が焼損した内装品の損害賠償費用、スイッチの交換費用を負担している。

(二)  そこで、本件合意の解釈について検討すると、被告は本件合意は本件合意前に発生した秋田事故に関する費用負担について合意したもので、一般的に将来に渡る損害賠償費用の負担について合意したものではないと主張する。しかし、秋田事故については、前記のとおり原告が内装品の損害賠償費用を負担しており、本件合意のうち、少なくとも内装品等の焼損に関する費用負担について約した部分は秋田事故に関する合意とみることはできず、この点については将来本件スイッチが原因で火災が発生して内装品等に被害が出た場合の損害賠償費用の負担について合意したものとみるべきである。とすると、本件合意の文言からみて本件合意はスイッチの取替費用の負担と内装品等の費用の負担について一体として費用負担に関して合意したものとみるのが合理的であり、したがって、本件合意は将来の損害賠償に関する費用負担について合意したものとみるべきである。

(三)  以上を総合考慮すれば、原告と被告の間では、遅くとも本件合意が成立した昭和五六年七月ころ、本件スイッチの取引に関して、商法五二六条一項の適用を排除する旨の黙示の合意が成立したと認めるのが相当である。

したがって、再抗弁1(一)は理由がある。

八  抗弁1(二)について

1  さらに、抗弁1(二)について判断するに、前記三で認定したとおり、本件取引の法的性格は基本的には売買の性格を有する製作物供給契約と解されるので、請負契約を前提とする民法六三六条が直ちに適用されるとまではいえないが、右性格を有する契約においても民法六三六条の趣旨を類推適用する余地がないとまではいえない。

2  ところで、本件火災の原因はスイッチの固定接点と絶縁体の部分の間隙を充分にとらなかったことに起因するものであるから、原告が右の点について被告に指示を与えたかどうかが問題となるところ、前記認定のとおり被告が承認図作成の基にした本件スイッチ仕様図面である《証拠省略》によっても、固定接点と絶縁体の間隙をどの位とるのかは明らかにされておらず、原告が右の点について被告へ指示を与えたと認めるに足りず、その他にこれを認めるに足る証拠はない。

したがって、抗弁1(二)は理由がない。

九  結論

以上によれば、その余の点について判断するまでもなく原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行宣言については同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荒井真治 裁判官 三輪和雄 尾立美子)

<以下省略>

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